さてと、だ。
16日も続いた反日騒ぎについて、以下とりあえず、
前回のエントリーの「政治闘争・大衆動員説」に従って、記述を進めていきたい。
反日デモが、共産党中央高層の権力闘争や政治力アピールのパフォーマンスだとすれば、
その黒幕は誰なんだろうか?
誰もが気になるところではある。
既に国外の諸メディアや日本人ウォッチャーから、いろいろな情報や予測が出ている。
それらをまとめてみると、今回の反日デモについて、
比較的有力と目される黒幕は以下の3勢力のようだ。
1,次の中国の支配者である習近平
2.現在、中国の支配者である胡錦濤
3.支配者になりたかった薄煕来のシンパ(?)
以下、それぞれの説のソースと、
その根拠と問題点について考えてみることにしよう。
<1,習近平黒幕説>
―――――――――――――――――――
在米華人のネットメディア『博訊』の9月14日付記事に興味深い話が出ている。
※ちなみにこの『博訊』は、共産党中央の上位200人ぐらいの誰かにはネタ元があるんじゃないかともとみられ、
例えば今年2〜3月の薄煕来失脚の際には、かなり真相に近いと思えるスクープをバンバン出していた。
一方で、例えばチャン・ツイィーの枕営業疑惑その他もろもろ、なんやら真偽がようわからん大振りネタを書いていたり、
「習近平が9月4日の夜に交通事故で重体です」とか誤報を流したりと、ホームランと三振の差が大きいメディアである。
9月1日以来、10日以上にわたり公式な場に登場せず、
重病説や交通事故説・暗殺未遂説まで囁かれた中国の次期指導者候補・習近平だが、
14日に北京の北京の中国農業大学でのイベントに出席。健在をアピールした。
その彼について、博訊は下記のような記事を載せているのである。
習近平身體健康,忙於準備18大和對日鬥爭
いわく、習近平は健康体であり、
既に胡錦濤から党務を移譲されて中共中央の日常業務に就いている。
で、目下非常に忙しい彼が取り組んでいる二大任務は、以下であるという。
---------------------------------------------------------------------
1.18大の準備
10月の中共最大のイベント・18大を無事に成功させるための諸準備やら
党とか国家機関とか軍とかの偉いさんへの顔つなぎやら根回しやらの仕事。
2.日中間の危機への対処及び、対日軍事闘争の準備
今回の尖閣問題をめぐる日中対立について、
習近平は一貫して事態への決定権を持つ立場で取り組んでいる。
ここで見られる政策は、習近平本人の政治傾向を示すものだ。
具体的には外交的な周旋や、局地的な軍事出動準備まで、習は何度も指示を出している。
最近、中国船が尖閣近海にガンガン出てきているのも、やはり習近平の指示である。
---------------------------------------------------------------------
……というわけだ。
ちなみに習近平。
嫁さんの彭麗媛が人民解放軍の歌姫なのはよく知られているのだが、
中文版Wikipediaほかで調べると、過去に福建省の地方軍分区の党書記だの、
省の国防動員委員会主任だの、硝煙臭いポストにばっかり就いていたりする。
江沢民や胡錦濤などの近年の中国の指導者に、こうした軍歴はほとんど無く、
習近平のキャリアはかなり特殊で、解放軍とかなりのコネがあってもおかしくない人間だ。
対日軍事作戦や暴力的な反日デモの指揮を執るのは、いかにもありそうな話ではないか。
確かに、習近平が表舞台に復帰した今月14日前後から
いきなり反日デモが激化したり中国船がバンバン尖閣の近海にやって来たりしている。
そもそも、中国において人民解放軍は毛沢東思想の牙城でもある。
また、習近平の政治的なケツ持ちだと一般に考えられているのは、
もともと「反日」的な傾向が強いとされている江沢民だ。
これらの点を考えれば、なかなか説得力があるようにも見える。
……だが、大規模な反日デモを起こせば一部でアホが暴走してモノを壊したり他人を襲撃したり、
またデモが広がるにつれて、反日とは関係ない民主化スローガンなんかを持ち出すやつも出てくる。
これから10年間、習近平は中国のトップとして無難に国を運営していかなきゃならないのに、
わざわざ社会不安を煽って自分の苦労を増やすようなことをするんだろうか?
明確に「対日軍事行動」という言葉が登場するのがなんとも恐ろしいのだが、
この説の真偽はなんとも言えないところだろう。
※次の18大で習近平やその息のかかった政治家のポストが微妙なため、
その巻き返しのためになかばクーデター的に反日デモを起こしている、という見方もできるわけだが。
<2.胡錦濤黒幕説>
―――――――――――――――――――
例えば、15日付けのニューヨーク・タイムズにこんな記事がある。
A Chinese Leader Returns Amid Tumult (NYT)
要するに、胡錦濤が、次代の習近平政権になって自派の権力が弱体化することを恐れて、
軍のご機嫌取りのために反日デモをやらせているのではという話である。
似た話は、日本だと中国ジャーナリストの福島香織さんのツイートにも出てくる。
あと、今年8/27付けの在外華人メディア『明鏡新聞網』の記事にも、
似た内容の「政権内部の関係者の暴露」とやらが掲載されている。
内部人士披露:為何各地出現反日遊行?
……これまた日本人としては、(ヘタに中国に詳しい人ほど)にわかに信じがたい話だろう。
なぜなら、従来の日本国内で一般に流れている俗説では、
反日で保守派である太子党&上海閥(=江沢民派)に対して、
胡錦濤率いる共青団派は親日で比較的リベラルな改革派なのだ、とされているからだ。
だが、この手の「俗説」の根拠を聞かれると、明確に答えられる日本人はほとんどいないだろう。
「胡錦濤は親日」という固定観念を脇に措いて考えれば、納得できる要素もある。
もともと、胡錦濤の地盤とされる共産主義青年団は
中国のいたいけな若者に中共思想を注入するためにある組織であって、
ある意味でめちゃくちゃ教条主義的なイデオロギーを持っている連中だ。
そりゃあ、デモで毛沢東の写真ぐらいは掲げても変ではない。
また、なんとなくソフトイメージがある胡錦濤だが、
実際のところ、ネット検閲だの民主化運動家への嫌がらせだのは
前任の江沢民よりもよっぽど念入りにネチネチと続けており、
主席就任後の行動を見るならどう見ても保守的なことばっかりやっているとの声も複数聞く。
反日デモぐらいはやってもおかしくない。
とはいえ、共青団というのはなんだかんだでお勉強エリート集団であって、
胡錦濤自身も、彼の後継者候補である李克強や胡春華も、
なんというかコーエーの三國志でいうと内政キャラっぽいパラメーターだ。
果たしてそんな連中が、ここまでの荒っぽい行為に出られるものなのか。
また、出たところでガチな武闘派たちを制御できるのかという疑問は残る。
軍との関係で言えば、江沢民なり習近平なりの方が圧倒的にニラミが利きそうに感じられるのである。
やはり、話の辻褄は合っても信じ切るのはちょっと保留したい話ではないか。
<3.薄煕来シンパ黒幕説>
―――――――――――――――――――
ガセも多いが看過もできない在外華人のニュースサイト『阿波羅新聞網』の16日付記事に、以下のような話が出ている。
反日遊行踢爆警察組織打砸搶 衆指政法委死磕胡温習
この記事によると、中国共産党政法委員会(情報・警察・司法あたりの管轄機関)がデモを指示しており、
最高幹部層の胡錦濤・温家宝・習近平への反乱を起こしているという話なのだ。
記事によると、例えば山東省の青島では警察が組織的に工場焼き討ちや車両破壊を行なっていた、
同じく山東省の威海衛では公安局長がデモを率いていた、
西安では派出所の所長が車両破壊の民衆を率いていた、という。
そして、記事中に引用された反日デモの参加者のネット上での証言によれば、
デモは政府の関連部門によって組織されたもので、それは政法委員会だと聞いたという。
実際、警察を管轄するのは政法委員会なので、そりゃあ関係していてもおかしくはない。
この政法委員会は、3月の薄煕来の失脚(以前の記事参照)以来、
従来の権力が大きすぎたこともあって勢力の削減が進められつつある。
18大を経た、次の習近平の新政権では、定員を現在の9人から7人に減らすことで
結果的に政法委の力を弱めようとする動きもあるとされている。
これは胡錦濤の意志で進められているらしいが、
対して、政法委の側から反日デモというカオスな手段で反撃しているというわけだ。
ちなみに、政法委のトップは周永康という顔が怖いおっさんで、ゴリゴリの保守派。
以前の記事でもちょっと紹介したように、薄煕来のシンパだったと目される人物である。
今年3月の薄の失脚の際は、彼の救援のために周永康がクーデターを起こすという噂まで出たぐらいだ。
※余談だが、在外華人メディアの諸報道によると、周永康と薄煕来は愛人を交換し合うくらいのマブダチだったとされる。
また、周と薄は風俗大好き仲間で、特に周は「百獣の王」ならぬ「百妓の王」と呼ばれていたそうだが……。
例によって真偽の程はまったく定かではない。ガセだったら結構かわいそうだ。
<3+α.薄煕来シンパ黒幕説>
―――――――――――――――――――
さらに参考までに出しておきたいのが、16日付けの『博訊』の記事が報じている、
反日デモのなかで登場したという以下の標語だ。
訳.日本は出て行け、薄煕来書記の復帰を、
遺伝子組み換え作物をボイコットせよ、売国奴どもを懲らしめよ。
なんでここで遺伝子組み換えが出てくるんだ?という気もするが、
本来は政権に入るべき人間が入らない状態をそう表現しているのかもしれない。
ともかく今年の春に失脚した大物・薄煕来の復活を要求している勢力が、
反日デモのなかに紛れ込んでいるらしいのである。
※「遺伝子組み換え」の元ネタはこれだという、コメ欄でのChinanews21氏の指摘も。
確かに現在の政治的な状況から見れば、周永康(や薄煕来シンパ)は、
社会秩序の混乱状態を作りだしてでも、自分たちの権力の回復を狙いたくて仕方ないに違いない。
そもそも、元紅衛兵で文革当時にメチャクチャやってた薄煕来はもちろん、
クーデターの噂があった周永康も、こうした荒っぽいことは大得意のお家芸だ。
動機と本人たちの資質から考えれば、最も反日デモの裏で糸を引いていそうな連中だと言っていい。
……とはいえしかし、今回の反日デモは、
中国国内の新聞各紙や国営テレビもすこし前までかなり煽っている。
ひとまずは党中央の最高幹部たちの総意として、決定されたイベントである。
果たして、薄煕来事件からこのかた、胡錦濤その他最高幹部から強烈にマークされている周永康が、
「こういうイベントをやろう」と言い出したところで、
他の最高幹部たちの同意を得られるものなんだろうか。
動機と資質はあっても、彼らに実行能力がそこまであるかは結構首をひねる話だ。
加えて、反日デモがカオス状態になれば、民主化要求だの汚職批判だの、
けっこう好き勝手なスローガンがごちゃまぜに飛び出してくるのは毎度のことだ。
上記の「薄煕来復活してください!」のスローガンも、
こうした跳ねっ返りの少数者の意見でしかない可能性もあり、
周永康や薄煕来派の残党が背後で糸を引いているとはあながち言い切れないはずだろう。
―――――――――――――――――――
……さて。
以前に自分が本の中で書いたのとやや重複するけれども、
中国社会を構成する人たちというのは、簡単に言ってしまうと、
支配者:数が少ないけれど頭がいいヤクザ。
民衆 :無駄に数が多くて滅茶苦茶な爆発力があるけれどバカ。
知識人:声が大きいだけで数も力もないひょうろく玉。
という3パターンにわかれる。
で、中国における政治闘争・大衆動員というのは
中央の「ヤクザ」のなかで劣勢にある勢力が、バカだけどパワーだけある人民を利用して
情勢の一発逆転を狙う際に用いられがちな手法だったりする。
過去の文化大革命はもちろん、おそらくは天安門事件にも似たような性質があった。
これらを踏まえて、上記に挙げた3説を検討すると、
1.習近平黒幕説(博訊)
資質と権力はあるけれど動機が薄い。
2.胡錦濤黒幕説(NYT、明鏡)
権力と動機はあるけれど資質が薄い(?)。
3.薄煕来シンパ黒幕説(阿波羅)
資質と動機はあるけれど、実行できるほどの権力がない(?)。
まあこんな調子で、どれも有り得る一方で決め手に欠けそうな感じではある。
ここまでながながと書いてしまったが、
「複雑怪奇でようわからん」が結論かもしれないぐらいなのだ。
※9月15日、北京の反日デモの際に現場で撮影された人々。
ヴィジュアル的な意味のみならず、今回の騒ぎはいろんな意味で文化大革命っぽい。
デモの中で民主化スローガンや台湾の青天白日旗が飛び出したり、
一部の地域で警察が積極的に暴動や焼き討ちを指揮しているかと思えば、
深センなどでは武装警察とデモ隊が衝突したり、薄煕来の復活が叫ばれたりと、
わけのわからん情報がいっぱい飛び交っているのを全て含めて、非常にそれっぽいと思うのだ。
本家の文革のときだって、一時期は劉少奇派が巻き返したり、
紅衛兵の一部が毛沢東批判出したり、すごくカオスなことになっていたし、
天安門事件の前後もそんな感じだった。
中国の政治闘争や大衆運動というのは最初からこういうわけのわからんもんだ、と
思うしかないのかもしれない。
……だが、ただひとつ、間違いなく言えるのは、
そんな這い寄る混沌に否応なしに巻き込まれる日本は、まったく迷惑もいいところだということである。
16日も続いた反日騒ぎについて、以下とりあえず、
前回のエントリーの「政治闘争・大衆動員説」に従って、記述を進めていきたい。
反日デモが、共産党中央高層の権力闘争や政治力アピールのパフォーマンスだとすれば、
その黒幕は誰なんだろうか?
誰もが気になるところではある。
既に国外の諸メディアや日本人ウォッチャーから、いろいろな情報や予測が出ている。
それらをまとめてみると、今回の反日デモについて、
比較的有力と目される黒幕は以下の3勢力のようだ。
1,次の中国の支配者である習近平
2.現在、中国の支配者である胡錦濤
3.支配者になりたかった薄煕来のシンパ(?)
以下、それぞれの説のソースと、
その根拠と問題点について考えてみることにしよう。
<1,習近平黒幕説>
―――――――――――――――――――
在米華人のネットメディア『博訊』の9月14日付記事に興味深い話が出ている。
※ちなみにこの『博訊』は、共産党中央の上位200人ぐらいの誰かにはネタ元があるんじゃないかともとみられ、
例えば今年2〜3月の薄煕来失脚の際には、かなり真相に近いと思えるスクープをバンバン出していた。
一方で、例えばチャン・ツイィーの枕営業疑惑その他もろもろ、なんやら真偽がようわからん大振りネタを書いていたり、
「習近平が9月4日の夜に交通事故で重体です」とか誤報を流したりと、ホームランと三振の差が大きいメディアである。
9月1日以来、10日以上にわたり公式な場に登場せず、
重病説や交通事故説・暗殺未遂説まで囁かれた中国の次期指導者候補・習近平だが、
14日に北京の北京の中国農業大学でのイベントに出席。健在をアピールした。
その彼について、博訊は下記のような記事を載せているのである。
習近平身體健康,忙於準備18大和對日鬥爭
いわく、習近平は健康体であり、
既に胡錦濤から党務を移譲されて中共中央の日常業務に就いている。
で、目下非常に忙しい彼が取り組んでいる二大任務は、以下であるという。
---------------------------------------------------------------------
1.18大の準備
10月の中共最大のイベント・18大を無事に成功させるための諸準備やら
党とか国家機関とか軍とかの偉いさんへの顔つなぎやら根回しやらの仕事。
2.日中間の危機への対処及び、対日軍事闘争の準備
今回の尖閣問題をめぐる日中対立について、
習近平は一貫して事態への決定権を持つ立場で取り組んでいる。
ここで見られる政策は、習近平本人の政治傾向を示すものだ。
具体的には外交的な周旋や、局地的な軍事出動準備まで、習は何度も指示を出している。
最近、中国船が尖閣近海にガンガン出てきているのも、やはり習近平の指示である。
---------------------------------------------------------------------
……というわけだ。
ちなみに習近平。
嫁さんの彭麗媛が人民解放軍の歌姫なのはよく知られているのだが、
中文版Wikipediaほかで調べると、過去に福建省の地方軍分区の党書記だの、
省の国防動員委員会主任だの、硝煙臭いポストにばっかり就いていたりする。
江沢民や胡錦濤などの近年の中国の指導者に、こうした軍歴はほとんど無く、
習近平のキャリアはかなり特殊で、解放軍とかなりのコネがあってもおかしくない人間だ。
対日軍事作戦や暴力的な反日デモの指揮を執るのは、いかにもありそうな話ではないか。
確かに、習近平が表舞台に復帰した今月14日前後から
いきなり反日デモが激化したり中国船がバンバン尖閣の近海にやって来たりしている。
そもそも、中国において人民解放軍は毛沢東思想の牙城でもある。
また、習近平の政治的なケツ持ちだと一般に考えられているのは、
もともと「反日」的な傾向が強いとされている江沢民だ。
これらの点を考えれば、なかなか説得力があるようにも見える。
……だが、大規模な反日デモを起こせば一部でアホが暴走してモノを壊したり他人を襲撃したり、
またデモが広がるにつれて、反日とは関係ない民主化スローガンなんかを持ち出すやつも出てくる。
これから10年間、習近平は中国のトップとして無難に国を運営していかなきゃならないのに、
わざわざ社会不安を煽って自分の苦労を増やすようなことをするんだろうか?
明確に「対日軍事行動」という言葉が登場するのがなんとも恐ろしいのだが、
この説の真偽はなんとも言えないところだろう。
※次の18大で習近平やその息のかかった政治家のポストが微妙なため、
その巻き返しのためになかばクーデター的に反日デモを起こしている、という見方もできるわけだが。
<2.胡錦濤黒幕説>
―――――――――――――――――――
例えば、15日付けのニューヨーク・タイムズにこんな記事がある。
A Chinese Leader Returns Amid Tumult (NYT)
要するに、胡錦濤が、次代の習近平政権になって自派の権力が弱体化することを恐れて、
軍のご機嫌取りのために反日デモをやらせているのではという話である。
似た話は、日本だと中国ジャーナリストの福島香織さんのツイートにも出てくる。
あと、今年8/27付けの在外華人メディア『明鏡新聞網』の記事にも、
似た内容の「政権内部の関係者の暴露」とやらが掲載されている。
内部人士披露:為何各地出現反日遊行?
……これまた日本人としては、(ヘタに中国に詳しい人ほど)にわかに信じがたい話だろう。
なぜなら、従来の日本国内で一般に流れている俗説では、
反日で保守派である太子党&上海閥(=江沢民派)に対して、
胡錦濤率いる共青団派は親日で比較的リベラルな改革派なのだ、とされているからだ。
だが、この手の「俗説」の根拠を聞かれると、明確に答えられる日本人はほとんどいないだろう。
「胡錦濤は親日」という固定観念を脇に措いて考えれば、納得できる要素もある。
もともと、胡錦濤の地盤とされる共産主義青年団は
中国のいたいけな若者に中共思想を注入するためにある組織であって、
ある意味でめちゃくちゃ教条主義的なイデオロギーを持っている連中だ。
そりゃあ、デモで毛沢東の写真ぐらいは掲げても変ではない。
また、なんとなくソフトイメージがある胡錦濤だが、
実際のところ、ネット検閲だの民主化運動家への嫌がらせだのは
前任の江沢民よりもよっぽど念入りにネチネチと続けており、
主席就任後の行動を見るならどう見ても保守的なことばっかりやっているとの声も複数聞く。
反日デモぐらいはやってもおかしくない。
とはいえ、共青団というのはなんだかんだでお勉強エリート集団であって、
胡錦濤自身も、彼の後継者候補である李克強や胡春華も、
なんというかコーエーの三國志でいうと内政キャラっぽいパラメーターだ。
果たしてそんな連中が、ここまでの荒っぽい行為に出られるものなのか。
また、出たところでガチな武闘派たちを制御できるのかという疑問は残る。
軍との関係で言えば、江沢民なり習近平なりの方が圧倒的にニラミが利きそうに感じられるのである。
やはり、話の辻褄は合っても信じ切るのはちょっと保留したい話ではないか。
<3.薄煕来シンパ黒幕説>
―――――――――――――――――――
ガセも多いが看過もできない在外華人のニュースサイト『阿波羅新聞網』の16日付記事に、以下のような話が出ている。
反日遊行踢爆警察組織打砸搶 衆指政法委死磕胡温習
この記事によると、中国共産党政法委員会(情報・警察・司法あたりの管轄機関)がデモを指示しており、
最高幹部層の胡錦濤・温家宝・習近平への反乱を起こしているという話なのだ。
記事によると、例えば山東省の青島では警察が組織的に工場焼き討ちや車両破壊を行なっていた、
同じく山東省の威海衛では公安局長がデモを率いていた、
西安では派出所の所長が車両破壊の民衆を率いていた、という。
そして、記事中に引用された反日デモの参加者のネット上での証言によれば、
デモは政府の関連部門によって組織されたもので、それは政法委員会だと聞いたという。
実際、警察を管轄するのは政法委員会なので、そりゃあ関係していてもおかしくはない。
この政法委員会は、3月の薄煕来の失脚(以前の記事参照)以来、
従来の権力が大きすぎたこともあって勢力の削減が進められつつある。
18大を経た、次の習近平の新政権では、定員を現在の9人から7人に減らすことで
結果的に政法委の力を弱めようとする動きもあるとされている。
これは胡錦濤の意志で進められているらしいが、
対して、政法委の側から反日デモというカオスな手段で反撃しているというわけだ。
ちなみに、政法委のトップは周永康という顔が怖いおっさんで、ゴリゴリの保守派。
以前の記事でもちょっと紹介したように、薄煕来のシンパだったと目される人物である。
今年3月の薄の失脚の際は、彼の救援のために周永康がクーデターを起こすという噂まで出たぐらいだ。
※余談だが、在外華人メディアの諸報道によると、周永康と薄煕来は愛人を交換し合うくらいのマブダチだったとされる。
また、周と薄は風俗大好き仲間で、特に周は「百獣の王」ならぬ「百妓の王」と呼ばれていたそうだが……。
例によって真偽の程はまったく定かではない。ガセだったら結構かわいそうだ。
<3+α.薄煕来シンパ黒幕説>
―――――――――――――――――――
さらに参考までに出しておきたいのが、16日付けの『博訊』の記事が報じている、
反日デモのなかで登場したという以下の標語だ。
訳.日本は出て行け、薄煕来書記の復帰を、
遺伝子組み換え作物をボイコットせよ、売国奴どもを懲らしめよ。
なんでここで遺伝子組み換えが出てくるんだ?という気もするが、
本来は政権に入るべき人間が入らない状態をそう表現しているのかもしれない。
ともかく今年の春に失脚した大物・薄煕来の復活を要求している勢力が、
反日デモのなかに紛れ込んでいるらしいのである。
※「遺伝子組み換え」の元ネタはこれだという、コメ欄でのChinanews21氏の指摘も。
確かに現在の政治的な状況から見れば、周永康(や薄煕来シンパ)は、
社会秩序の混乱状態を作りだしてでも、自分たちの権力の回復を狙いたくて仕方ないに違いない。
そもそも、元紅衛兵で文革当時にメチャクチャやってた薄煕来はもちろん、
クーデターの噂があった周永康も、こうした荒っぽいことは大得意のお家芸だ。
動機と本人たちの資質から考えれば、最も反日デモの裏で糸を引いていそうな連中だと言っていい。
……とはいえしかし、今回の反日デモは、
中国国内の新聞各紙や国営テレビもすこし前までかなり煽っている。
ひとまずは党中央の最高幹部たちの総意として、決定されたイベントである。
果たして、薄煕来事件からこのかた、胡錦濤その他最高幹部から強烈にマークされている周永康が、
「こういうイベントをやろう」と言い出したところで、
他の最高幹部たちの同意を得られるものなんだろうか。
動機と資質はあっても、彼らに実行能力がそこまであるかは結構首をひねる話だ。
加えて、反日デモがカオス状態になれば、民主化要求だの汚職批判だの、
けっこう好き勝手なスローガンがごちゃまぜに飛び出してくるのは毎度のことだ。
上記の「薄煕来復活してください!」のスローガンも、
こうした跳ねっ返りの少数者の意見でしかない可能性もあり、
周永康や薄煕来派の残党が背後で糸を引いているとはあながち言い切れないはずだろう。
―――――――――――――――――――
……さて。
以前に自分が本の中で書いたのとやや重複するけれども、
中国社会を構成する人たちというのは、簡単に言ってしまうと、
支配者:数が少ないけれど頭がいいヤクザ。
民衆 :無駄に数が多くて滅茶苦茶な爆発力があるけれどバカ。
知識人:声が大きいだけで数も力もないひょうろく玉。
という3パターンにわかれる。
で、中国における政治闘争・大衆動員というのは
中央の「ヤクザ」のなかで劣勢にある勢力が、バカだけどパワーだけある人民を利用して
情勢の一発逆転を狙う際に用いられがちな手法だったりする。
過去の文化大革命はもちろん、おそらくは天安門事件にも似たような性質があった。
これらを踏まえて、上記に挙げた3説を検討すると、
1.習近平黒幕説(博訊)
資質と権力はあるけれど動機が薄い。
2.胡錦濤黒幕説(NYT、明鏡)
権力と動機はあるけれど資質が薄い(?)。
3.薄煕来シンパ黒幕説(阿波羅)
資質と動機はあるけれど、実行できるほどの権力がない(?)。
まあこんな調子で、どれも有り得る一方で決め手に欠けそうな感じではある。
ここまでながながと書いてしまったが、
「複雑怪奇でようわからん」が結論かもしれないぐらいなのだ。
※9月15日、北京の反日デモの際に現場で撮影された人々。
ヴィジュアル的な意味のみならず、今回の騒ぎはいろんな意味で文化大革命っぽい。
デモの中で民主化スローガンや台湾の青天白日旗が飛び出したり、
一部の地域で警察が積極的に暴動や焼き討ちを指揮しているかと思えば、
深センなどでは武装警察とデモ隊が衝突したり、薄煕来の復活が叫ばれたりと、
わけのわからん情報がいっぱい飛び交っているのを全て含めて、非常にそれっぽいと思うのだ。
本家の文革のときだって、一時期は劉少奇派が巻き返したり、
紅衛兵の一部が毛沢東批判出したり、すごくカオスなことになっていたし、
天安門事件の前後もそんな感じだった。
中国の政治闘争や大衆運動というのは最初からこういうわけのわからんもんだ、と
思うしかないのかもしれない。
……だが、ただひとつ、間違いなく言えるのは、
そんな這い寄る混沌に否応なしに巻き込まれる日本は、まったく迷惑もいいところだということである。